チベット人て漢化しなかった羌族なの?
- 1 世界@名無史さん
-
中国史に出てくる羌族の名前が中国っぽいのに
吐蕃の人命はまったく中国っぽくない
チベット人は古代で他の羌族と分裂したんだろうか
- 199 世界@名無史さん
-
>>39>>44
実に興味深い。そういえば、甘粛の一部には、今度は極度にアルタイ化した漢語方言があるよね。
対格後置詞「哈」が発生して、安定したSOV構造を獲得している。
でもやっぱり逆はないんだよな。
チベット語やモンゴル語が、漢語の語順で話される混成言語が出現することは無い。
この原則は、日本語も例外ではない。
筆記語は「SVO&前置詞言語」っぽく書かれる場合すらあったのに(漢文風味に寄せた候文など)、
口頭語で前置詞が発生したり、SVOになったりすることは有史以来絶対にあり得なかった。
広東語なんかも、よく見るとそうなんだけど(タイ語の影響)
どういうわけか、中国語は「他所の言語の統語法の侵入を受けて【変形させられる側】」なんだよな。
そして「倒話」と笑われはするが、笑われているということは、意味自体はなんとか通じている。
1930年代には、官話を英語の語順で話すことが流行した時期もあるし、
「孤立語のくせに、統語法が実はgdgd」なのが、中国語の本質なのかもしれない。
>>1との関連でも、この話はけっこう重要だと思う。
岡田英弘がいう「中国語には文法がない」という一見するとひどい極論は、この本質を指しているのだろう。
- 384 世界@名無史さん
-
さすがに、漢字・漢語の起源をタイ・カダイ語族に求めるのは筋悪だろうが、
確かに気になることがある。
遺伝子調査によると、ビルマ系諸部族とチベット族の間には、決定的な遺伝的離隔がある。
これは男系(Y染色体)でみても女系(ミトコンドリア)で見ても決定的で、問題を回避するシナリオがない。
チベットとビルマ(広義)の間に、先島諸島と台湾の間に匹敵する、大断崖がある。
でも、言語的に見えば、誰がどう見てもチベット諸語とビルマ諸語は同系。
ということは、どちらかにおいて、少数の民族進出および支配による言語交代が起きたことになる。
さてどちらか?
チベット族の遺伝子には、少数ながらビルマ系と共通するものが含まれる(男系女系同じ)
他方で、ビルマ諸族の遺伝子には、チベット系固有の遺伝子はほぼ皆無(これも男系女系共通)
ということは、遺伝子が語る世界史シナリオとしては、
「ビルマ系の部族が山を登って、チベット先住民を少数で征服し、言語を交代させた」
ということになる。
この仮説、チベット・ビルマ語派内部においては、比較言語学とも矛盾しない。
しかしだ。そうなると、漢族の出自の問題、そして>>1の問題が浮上することになる。
チベット諸語が、山を登ったビルマ系部族によって言語交代させられた言語だったとしたら、
チベット諸語とビルマ諸語の分岐より先に来る「シナ語の分岐」とは一体何物なのか?
素直に考えれば、シナ語派は、チベット征服前の原チベット・ビルマ祖語から分岐したことになる。
そうなると>>1はどうなる?羌は、本当にチベット諸語を話していたのか?
- 433 世界@名無史さん
-
>>1
今の中国人は吐蕃を鮮卑の末裔としている。
西周に移動したのが鮮卑か古羌かは定かではない
DNAは鮮卑とは違うが遺伝子の話になると叩きをはじめるやつが2ちゃんねるにもいるからな
- 4 世界@名無史さん
-
タングートも西夏なんていう中国人への寄生虫国家じゃなくて
ちゃんと青海で国家を樹立してほしかった
名前は「羌」で
- 77 世界@名無史さん
-
>>4
寄生虫国家というのはあんまりなのでスレ違いと思いつつ敢えて言わせて貰う
西夏は「新元史」156で
趙氏南遷,中原文獻掃蕩無餘,獨拓拔氏建國二百餘年,
唐之故家遺俗尚有存者,如高智耀、李楨等皆是也
(趙氏(宋朝)が南遷すると、中原の文献は全て失われた。
ただ拓抜氏は建国より二百年以上、唐朝の旧家や古い習俗がなおも残っていた。
高智耀や李楨らはこれを保持する者であった。)
と評されるように
中原の地では中華文明が
唐末五代で盛唐の名残が消え宋で新たな展開となったのに対し
(唐三彩と宋代の焼き物が違うように)
西夏は唐代の文化を守り伝えていた
国号は本来「夏」であり中華の正統を保持する国で
本来の帝国の本拠地である西ローマが潰えた後のビザンチンのようなもの
- 71 世界@名無史さん
-
まずはこの論議での原理主義の定義から始めようか
- 72 世界@名無史さん
-
>>71
原理が好きな人
- 125 世界@名無史さん
-
>>77
いや、それこそが寄生虫っぽい
青海で建国してたら中国とチベットの文化を採り入れさらに一捻り加えた
オリジナルな文化を持てたはず
- 99 世界@名無史さん
-
康定などカム地方は、ボン教信仰してたら羌族登録だったり
ムスリムだと回族登録だったり、いろいろ選択しているみたいだな。
定住民だと、ムスリムって家族まるごと改宗だから、言語と宗教の組み合わせで選択の幅が結構ある。
- 109 世界@名無史さん
-
>>99
川西民族走廊と言われる地域は、チベット系の言語やチベット語でも方言の多様性の多い場所みたいだな
hhttp://www.minpaku.ac.jp/research/activity/project/other/kaken/19250
そのうちプミ族(これは雲南に分布するけど)と羌族だけチベット族から分けて認定されたのはなんでだろう
- 115 世界@名無史さん
-
>>109
単に国が広すぎて調査が行き届かなかったからマイナーな民族を認識できなかったんだと思う
中国の49年〜54年の第一次民族識別工作で38民族(羌族含む)を認定、
54年〜64年の第二次調査で15民族(プミ族)を追加、
その後65年にロッパ族、79年にジノー族を追加、これで漢族を除く55民族が認定完了
このあと増えてないのは事務的に煩雑だからとかそういう割としょうもない理由かもしれない
現時点でも学術的におかしい区分がけっこうあることは中国でも知られている
それでも雲南の細かな民族をわりと早期から拾えたのは、
抗日戦争期に北京大学、清華大学、南開大学3つの名門大学が雲南省に疎開して
西南聯合大学という伝説の臨時合同キャンパスを開いていて、
そこで始終顔を突き合わせていた社会学者や言語学者が互いに刺激しあって
省内をあちこち調査していたおかげらしい
- 122 世界@名無史さん
-
>>115 マカオのポルトガル人(混血だけど)すら認めてないもんな
- 128 世界@名無史さん
-
今日ダライラマ訪日してたんやな
- 135 世界@名無史さん
-
>>128
ダライラマ14世と書くと、金盾が作動しちゃうんだ・・・ 。。。φ(。_。;)カキカキ
- 159 世界@名無史さん
-
東南アジアやインド文化圏という範囲で見れば
タイ人やチベット人の侵入は多様性が増したように見えるが、
もっと広い範囲で見れば単一化しただけだろうな
ユーラシア西部が印欧語で埋め尽くされたりアフリカ南部がニジェールコンゴ語で埋め尽くされたように
- 163 世界@名無史さん
-
>>159
そう考えてみると、東アジア東端部って「謎のシャングリラ」だよな。
とりあえず、語族レベルで無関係な日本語、朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語が
これだけの民族興亡を経て生き残っているということ自体、他の地域では考えられない。
アイヌ、ニブフ(正直今はどっちも厳しい)あたりは「ごく最近まで世界史に登場しなかった地域」なので
まあ近代まで残ることもあるだろうなとは思うが、
日本語族(japonics)と朝鮮語が、農耕民であるにも関わらず、
東アジアの農耕本家たるシナ・チベット語族とも、北方の機動力が高いモンゴル・トルコ・ツングースいずれとも
少なくとも現在の知見では無関係な孤立言語というのは、世界史的奇跡と言ってもいい。
- 165 世界@名無史さん
-
>>163
朝鮮は支那との間に遼寧の不毛地帯が広がってて遊牧勢力に分断されがちなのが大きいと思う
半島北部はともかく漢江以南の山がちな地形は馬で行くにはあまりにもしんどすぎる
日本は海とそれから狩猟採集なのに定住できた程の異様な食料資源の豊かさのおかげ
- 166 世界@名無史さん
-
>>165
そもそも、弥生人にしても朝鮮南部の初期農耕民にしてもそうなんだけど、
彼らがどちらも、明らかにシナ・チベット語を話していなかったらしい
というのが驚愕すべき事実なんだよね。
この2つの地域の初期農耕民の多数派は、
シナ・チベット語どころか、タイ・カダイ語もミャオ・ヤオ語もオーストロネシア語も、
ツングース語もモンゴル語もトルコ語も、確実に話していなかった。
中国史書には、少なくとも朝鮮についてはいろいろ複雑な言語地理的記述があるが、
少なくとも、「自国語での文献時代」の幕が開いてみれば、
西南日本も朝鮮南部も、シナ・チベット語とは関係のない言語集団が大集団で住んでいた。
田植えをして味噌や納豆を食い歌垣で無礼講をやるのに、言語的にはタイ族ともミャオ族とも全く無関係。
俺自身は、農耕開始=農耕民の大拡散=言語の極端な均一化仮説を採るので、
「日本祖語は弥生語だった」と理解しているけど、
これに反対するのなら話は変わってくるけどね。
- 170 世界@名無史さん
-
>>166
遺伝的にはアラスカ周辺の民族と近いんだっけか、あの辺も極端に酒が飲めない人が多いな
- 173 世界@名無史さん
-
>>166
日本語も朝鮮語も紀元前1000年くらいに中国南部から来たとして、
中国南部は他にも未知の語族が多数あったんじゃね
- 204 世界@名無史さん
-
>>200
五屯話もそうだし、あと唐汪話、河州話というのもある
いずれもモンゴル語・チュルク語のような「アルタイ的」特徴を持つ漢語方言
五屯話にはチベット語のような特徴もあるが
雅江倒話はチベット風ということでは突出している
>>199
雲南のペー(白)族のペー語は漢語との長期の接触の後に
SOVからSVOに語順を変化させた例だけれど、同時に大量の漢語借用語を取り入れていて
系統的にももう漢語の仲間ではないかと言われるほどなのでまた別か
ただし今ある漢語諸方言もそうやって同化の末に生まれたという考えが一般的だから、
あとはどこまで複雑な文法項目が他の方言と一致するかが混成言語か方言かの分かれ目だろう
漢語が「変形させられる側の言語」という言い方は
それを習得する漢人も存在するから(クレオール化)間違いではないと思うけど、
出発点として他民族が漢語を便利な道具として自己流にカタコトで使い始めるから(ピジン化)
漢語のほうがそういう変種を生みやすいんだよね
- 201 世界@名無史さん
-
>1930年代には、官話を英語の語順で話すことが流行した時期もあるし、
大まかには一緒と思うけど。違う部分としたらひょっとして英語で関係代名詞を使うようなシチュエーション?
例えば「これは彼が育てた豚(です)」の意味の文の「彼が育てた」を「豚」の後で修飾するような感じ?
- 202 世界@名無史さん
-
>>201
さすがに関係代名詞は無理。中学英語のような変な例になるが、
我打網球在公園昨天(I played tennis in the park yesterday.)のような感じの文章。
(今の標準官話では、我昨天在公園打網球という語順になるのが普通だと思う)
「ハイカラな感じがする」といって、一時期流行ったらしい。
あの言語、非文に逸脱するまでの幅が広くてしかも曖昧。
でも、教養ある人にとっては、教養ある中国語というのは、語法も語順も極めてうるさい。
それも、一般ルールというより個別の先例(古典の用例)に依るところがある。
- 206 世界@名無史さん
-
>>202
「北京人在紐約」と書いて基本的な意味の「北京人はニューヨークにいる」ではなく
「ニューヨークの北京人」を意味することがあるのはその頃に生まれた習慣だろうか
趙元任の言語学の入門書にもこぼれ話として「在」のそういう用法についての話があった
- 238 世界@名無史さん
-
日本語は縄文晩期か弥生時代に大陸からもたらされたんだろうな
最初に稲作を持ち込んだ奴かどうかはわからん
- 245 世界@名無史さん
-
>>238
それは絶対にない
当時の日本の人口密度は豊富な食料によって狩猟採集民としては異常に高かったため
少数でしかやって来ていなかったであろう大陸からの新入りの方が言語的に同化されるというのがまず一つ
それに農耕民が日本に農耕文化を伝えたなら農耕文化の起源地の言語で農具や農作物の名を呼んでいなければおかしい
もし進んだ文化が人間ごと入ってきたなら
それこそ朝鮮半島北部の紀元前に存在した「朝鮮国」の様に植民国家の様相をとることになり
大陸本土と同じ生活形式をするために同じ形式の遺物がいくつも出土することだろう
だが現実日本の弥生時代は同時期の朝鮮北部とは違い、大陸と同じものは稀、銅鏡・銅鐸などに至っては到来と同時に国産化・ガラパゴス進化を遂げる始末
異言語を話す人間が大挙してやってきたなら絶対にこのような独自文化を保ったままの発展は起きえなかったことだろう
- 249 世界@名無史さん
-
>>245
縄文晩期の西日本ってかなり人口密度低くなかった?
それにビルマやタイやハンガリーだってもともとの民族が
少数の侵入者の言葉をしゃべるようになってるぞ
農具や作物の名が起源地の名前と違うというのも、
起源地では日本語と同系統の言語が消滅してるはずなので確かめようがない
- 257 世界@名無史さん
-
>>249
弥生文化には大陸のどこかから移動してきた形跡はない
せいぜい朝鮮半島南端部に進出があるだけの九州北部発祥の独特な文化だということも理解しておいてほしい
それに東日本では別に文化が丸ごと上書きされた訳ではない
現地の形式が保持されたままそれが弥生文化と次第に混合していった
もし異言語話者が言語を鞍替えしたなら印欧語の中の島嶼ケルト語の様に基層の文法が残っていたりゲルマン語のように大部分の単語が祖語に遡れなかったりするものだが、文献に残る最古の上代ですら日本語とはっきりわかる程度にしか違わない
これは明らかに言語の交代などなかったことの証左だ
言語の塗り替えは北東北においてアイヌ語に対して行われた位で南東北までは日本語圏だったと考えなければ文化の多様性に対する言語の均一性の辻褄が合わない
- 260 世界@名無史さん
-
>>257
奈良時代の文献が今の日本語と同じだからってなんで日本語が縄文語だと思うんだ?
- 284 世界@名無史さん
-
>>257
その立論、なかなか難しくありませんかね。
まわりくどい書きぶりだが、おそらくこういうことだろうと思う。
「沖縄から東北南部まで、極めて均一な縄文語が一貫して話されており、それが日本語の唯一の起源である」
これ、世界の狩猟採集民(または森林地帯における極めて古い農耕民)の状況を考えても、
非常に難しい仮説だと思うよ。
縄文文化が豊かなら豊かなほど、歴史が長いなら長いほど、この仮説の成立は困難になる。
白人侵入前のカリフォルニア州や、現在のニューギニア高地人をみてほしい。
それに、言語というのはバベルの塔よろしく、放っておくとどんどん多様化してしまうものだ。
日本語がここまで均一だということは、分岐年代が新しいということ。
ということは、それだけで「均一縄文語仮説」は極めて難しい立場に立たされる。
- 262 世界@名無史さん
-
>>260
日本列島はブリテン諸島とは違って大陸からの絶え間ない侵入に脅かされる地理環境にはない
上代東国の言語は当時でも日本語の方言
文法レベルでも大きな差はないし記紀にも毛人に通訳が要ったとか書かれていない
縄文文化の名残が色濃かったにもかかわらずだ
考古学的にも人間の入れ替わりは少なく文化は融合しつつ徐々に変化していった
一方欧州では島嶼ケルト語は大陸ケルト語とは違い
頭音変化などの印欧祖語にはない活用を持っており語彙の一致の割に文法が異常にかけ離れている
これは先住の民族の言語がクレオール化を経てあとから来た言語と入れ替わったからだ
考古学的に見ても印欧語話者とおぼしき集団が侵入して先住民(伝説上のトゥアハ・デ・ダナーンなどの異民族)を滅ぼしているのは明らか
- 298 世界@名無史さん
-
>>284
琉球諸語ですら、たかだか西暦千年くらいに移住してきた日本人がしゃべっていた日本語らしいね
- 293 世界@名無史さん
-
もうひとつ、日本語が「統一縄文語」起源とは到底考えられない傍証としては、
狩猟採集に関する語彙の極端な少なさがあげられるだろう。
特に、「哺乳類の内臓に関する語彙」の異常な貧弱さは、
日本語祖語話者が、哺乳動物の狩猟に
ほとんど依存しない社会で暮らしていたことを示唆する。
だいたい「きも」と「わた」しか内臓を示す用語がない狩猟民なんて、
この地球上にあり得ない。魚ならこれで実用上十分だけどね。
日本祖語話者は、確実に農耕と漁労をしており、狩猟と牧畜をほぼ完全に欠いていた。
- 299 世界@名無史さん
-
>>293
本土との分岐年代は2200年前だ
1000年では足りない
- 304 世界@名無史さん
-
>>293
なんでだよ
焼肉屋で使う用語があるだろ
- 300 世界@名無史さん
-
>>298だった
- 303 世界@名無史さん
-
>>299
2200年前という年代は、
その時代に琉球に日本人が来た年代ではなく、
琉球諸語の前身の方言が現在の日本語と別れた年代
つまり1200年くらいは日本の中で留まっていて、
それから琉球に来た
- 305 世界@名無史さん
-
>>303
与那国・八重山・宮古といった南琉球諸語が奄美・北沖縄・南沖縄の北琉球諸語とは本土との差に匹敵するレベルで異なっている理由は?
- 313 世界@名無史さん
-
>>304
語源をしらべてみ?正直笑えるから。
ハツなんて、一見日本語の2拍語の顔をしてるがどうみても英語由来だw
プップギなんていう、朝鮮語からの外来語すらある。
日本語はめったに朝鮮語から借用しないのに、
臓物の名前ばっかりは、ついに万策尽きて朝鮮から輸入したのだ。
やまとことばの内臓用語は、あとは「ちみち」くらいだな。
明らかに、日本祖語話者の社会は、ほぼ全く哺乳類の解体をしない社会だった。
縄文人はそれなりに狩猟をした形跡があるのに。
- 311 世界@名無史さん
-
>>305
渡来は一度じゃなかったんじゃね
違う地方の違う年代の日本語がベースになってるとか
- 314 世界@名無史さん
-
>>311
一番古い時代の渡来は2200年前
それ以降も本土(および北琉球)の影響は重層的に言語に残されている
- 317 世界@名無史さん
-
>>313
わが国最古の国語辞書たる『和名類聚抄』曰く
心 こころ
肺 ふくふくし
肝 きも
腎 むらと
脾 よこし
我々日本人は長らく仏教文化により肉食に縁のない社会だったことを忘れてはならない
その文化断絶の存在を無視して我々は縄文人の言語を話していないとするのはあまりにも乱暴なハナシではないか
- 320 世界@名無史さん
-
琉球語にもアイヌ語にも方言があるからなぁ
- 329 世界@名無史さん
-
>>320
アイヌ語の方言差は主に語彙的なものだが、
どこの方言も似たり寄ったりで、思ったほど大きいとは感じられない
文献にはいくつかの通訳を重ねてやっと意味が通じるなんていう話もあるが、
頭からわからないわけではなくて、大意なら通じたようだ
できるだけ正確に疎通させようとするとそうなるというだけ
教育制度も宗教制度も文字など広域的通信もなかったのに
何百年もよくあれだけ文法的に均質性を保っていられたと逆に驚く
日本語の方言集と比べたら特に
狩猟民は農耕民よりよく移動するからだろうか
- 338 世界@名無史さん
-
ということで、シナ・チベット語族の話に戻したいw
ベタなところで数詞から。
hhttp://www.zompist.com/numbers.shtml
いろんな語族の数詞が並べてある。
俺がどうしてもひっかかるのは、シナチベット語族の数詞と、タイ・カダイ語族の数詞の一致だ。
かつては、これが、タイ・カダイ語族をシナ・チベット語族の分岐とする有力な証拠だった。
今は克服されているとされるが、ほんとうかな?と思う。
この数詞体系、タイ・カダイ語が古い漢語を借用したんじゃなくて、
本籍はタイ・カダイ祖語で、チベット・ビルマ語派が古い時代に借用し、
漢語はさらに新しくなってから、タイ・カダイ語から直接借用したんじゃないの?という疑いを拭えない。
- 340 世界@名無史さん
-
ボド語群の身体語彙が日本語と似ているのは同根だとしたら何年前に分岐したんだろう?
数千年レベルではないことは確かだがやはり3万年前の最初の日本への定住時からあった語彙か
>>338
いやほんとうかなも何も漢語と一致してるのは南方のタイ語群だけで北方のその他のタイ・カダイ語族は違うバラバラの数詞つことるやんwww
しかもタイ語群に丸パクリされてる漢語由来数詞は遡っても精々中古漢語由来で、シナ・チベット語族の各言語から導き出される祖語の形どころか上古漢語のそれからも分岐したとは考えられない
どこからどう見てもタイ語の数詞は隋唐代の中国語からの借用
hhttp://www.zompist.com/numbers.shtml
これを見たら分かる通りシナ・チベット祖語にはゴチャゴチャとした子音クラスターが付いていて中古以降の漢語ではそれを省略した代わりに声調が生じている
- 346 世界@名無史さん
-
>>340
さすがに、そこまで稚拙な話はしていない。
ビルマ・チベット語派の頭子音クラスターなんだけど、
これ、遡れば遡るほど、どんどん分析的になっていくんだよね。
ただの音韻的問題じゃなくて、文法的な意味を孕んでいたことが示唆される。
これは多数の接頭辞の痕跡で、古くは抱合的な要素の強い言語だったようにみえる。
さらに大胆に推測すれば、この子音クラスタは、母音が脱落して形成されたのかもしれない。
つまり、頭子音クラスタは、本来は文法接辞であって、意味の中核を担うものではない。
そう考えると、シナチベット祖語の数詞の「コア部分」は、こうなってしまうはず。
*tyig *hnis *t'um *shi *ŋa *r'uk *Nis *r'iat *kua
これは単純な単音節語だ。話が、振り出しに近い位置に戻ってしまった。
こいつがどこから来たかという話なんだ。
ひねり無く考えれば、ビルマ語派にあたりをつけるべきだろうが、
本当にそれでいいのかね?いう気がする。
接頭辞としての頭子音クラスタは、原理的に後から付けることが可能だからだ。
なお、中国語の声調は、末子音の一部と、単独頭子音の清濁が起源であって、
頭子音クラスタとは関係がない。
- 349 世界@名無史さん
-
>>346
シナ・チベット語族の数詞の子音群はどこまで遡っても単語の一部であり文法接辞である痕跡はどこにもない
数詞である以上文中で1〜10は同様の使い方をされる筈であり、従ってk-, k-, k-in-, p-l-, p-l-, t-, s-, t-, t-と全然ばらばらな頭子音が文法要素であると考えるのはあまりにも稚拙すぎると言わざるを得ない(呆れ)
(タイ・カダイ祖語ですらない)タイ語群の方がシナ・チベットの起源というのはもはや笑い話以外の何物でもなすぎる…
- 350 世界@名無史さん
-
>>349
>数詞である以上、文中で1〜10は同様の使われ方をするはず
ほんと??
このへんは、いろんな言語をみてると、到底そんなことは言えないと分かりそうなものだが。
具体的な言語の数詞というのは、変なものが、それもアドホックにつくものがザラにあるぞ。
3だけ特有の接辞がつく、7だけ特有の接辞がつく、
1桁の半分以上にバラバラの謎接辞がつく、こんなものはザラにある。
あえて、シナチベット祖語からクラスターを外したものを提示したのには、意味がある。
もし、文法的分節ができない、単なる音韻上のクラスターがだんだん潰れていったのなら、
様々な潰れ方をするのが普通で、再構成形ときれいに一致しないはずなのだ。
漢蔵祖語コア部分 *tyig *hnis *t'um *shi *ŋa *r'uk *Nis *r'iat *kua
シナ祖語 *skət·q *'nejs·q *súm *s·lih *hŋá` *gruk *sñəs *prjat *t·ku *gip
上古漢語 *qjit *njis *sum *spjij *ngaq *Crjuk *tshjit *pret *kwjuq *gjip
中古漢語 *qjit *nyì *sam *sìj *ngú *ljuwk *tshit *peat *kjúw *dzyip
なぜこんなに「きれい」なのだろう。
- 362 世界@名無史さん
-
でもさ、>>349が鬼の首を取ったように言うように、
タイ系の一部言語では、1から10まで「全部残ってる」んだろ?w
少なくとも、1、2、3、たくさんというレベルではない。
それに、漢数字は抽象性が高く、一、二、三、十以外は、
無文字民族には手におえないぞ。本当に六やら九やらが汎用したのかね。
ここではおもっくそ煽って書いてるけど、俺はそこまで想像力はないわけで、
元ネタや学説動向を、針小棒大にもじってるだけなんだけどね。
上古音に関して言えば、中古で消えた末子音をとってみても
かつての想定音は、-dだの-gだの、変な子音が溢れかえっていたが、
今は、-ゼロ、-q(声門閉鎖)、-hという、
打って変わって、まったくおとなしい想定音に収まりつつある。
でもこの動向、見方を変えると深刻な問題を引き起こすことになる。
上古音は、中古音との間で、従来考えられていたほどの離隔がないということになる。
そうすると、逆に、チベット文語やビルマ語派からの距離は遠くなる。
- 352 世界@名無史さん
-
>>350
>様々な潰れ方をするのが普通で
んなわけない
チベット語の文語と口語の差にように規則的になるのが普通
「様々な」が何か知らんが不規則という意味だったらその時は起源の異なる言語の混成を疑うものであって
シナ・チベット語族の数詞は非常に自然で規則的な変化を普通にしている
- 371 世界@名無史さん
-
南漢も楚も(ビンも荊南も蜀もだが)君主が漢民族というのがつまらん
- 374 世界@名無史さん
-
>>371
あくまで自称だし、楚は周王に対抗して非中華を演じていた時期もあったろ
漢民族というのも血統より文化の意味合いのほうが強い
- 375 世界@名無史さん
-
>>374
漢民族に限らず民族というものは文化集団であって血統など関係無い
- 377 世界@名無史さん
-
>>374
いやその楚や蜀は五代十国のやつ
- 376 世界@名無史さん
-
>>375
この板でみんなそう思ってればいいけどね
- 387 世界@名無史さん
-
>>386
支配者がテュルク系orモンゴル系、被支配者がシナ・チベット系ってあり得る。
>>384
羌は、遊牧民の血が高めだ。
カム地方のカム(康)人、白馬人、北川県羌族、青海省土族などが、とりわけ元遊牧民の比率が高いだろう。
元スレ
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/whis/1477115777